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2014年1月19日 (日)

死人組合の歴史を説明

今日の第三日曜日の午前7時半から同8時半までの菅原神社境内でのリサイクル収集の班当番業務には,Xに出てもらい,同班のHおばさんの葬儀受付支援業務に午前9時には,中郷町の斎場に出かけ,既に先に着いておられた班長殿に,今日の同班のお手伝い男性群の2名を紹介し,午前10時から開式の葬儀参列者からの香典を受け取り香典返しの品を受付で渡す業務に午前9時15分から従事する。
※一昨年の母の葬儀受付では,喪主の立場で郷中の班員の協力支援を頂く立場で「受付では,こんなにして」なんて立場になく,葬儀終了後 自宅で香典袋を開けようとすると葬蔡場の準備した「御芳名カード」を香典袋にホッチキスとめしてあり,ホッチキスの針を外すのが大変だったり,香典袋の中のお金までホッチキスの針でとめられていた経験から,葬蔡場の事務所にスチック糊を準備してもらい,喪主に事前に受付対応要領を説明し事前了解を得たうえで,御芳名カードと香典袋の右上隅を糊つけし,袋の中身の金額への係りまでは遠慮することで,親族・会社・自治会の三分類して対応させていただいた。

開式15分ほど前は受け付けも混んで大変だったが葬儀開式後 出棺までの40分近くは,何らの業務も無かったので,受付支援の同班の50歳代のKさんとUさんに,我が国分寺自治会の結としての「死人組合」の変遷と「火葬場」が我が自治会内に何故あるのかという歴史を説明し,近年コミュニティの大切さが求められる中にあって,同じ郷中,同じ班員であっても男達が顔を合わす機会がめっぽう減った中,「いい機会ですので,縁あってご近所に住み合う大人として地ごろとして…」と前置きをおいて変遷を説明をする。

Hおばさんの親戚になる,小中高校の一級先輩の姉さんとも久しぶりに葬儀の席で半世紀ぶりに再会もできた。

午前11時50分には,葬儀支援業務から無事解放され,次の我が班内からの先立ち人が出るまでは,お互い健康にと挨拶をして帰宅。X達女性群も午前10時半からの業務もお昼過ぎには終了し,「余り寒くなくて良かったー」と言って帰ってきた。

午後からは,HPの更新準備作業をしたりしてゆっくり休養を取る。
夕刻庭先に出たら,お隣の県職定年後も農大教授を勤めるK兄から声を掛けられ「新年度からは風口の自治会長を引き受けるので,農大を辞すことにした。自治会長先輩として色々と教えて」と,ダイコン畝を保温シートで覆う作業の手を休め請われる。

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